コネクティブライフデザイン

心の根っこから“ブレない軸”を持ち、自らがデザインする人生へ

関係性は切れない

ちょっと前まで、人との関係性ってすぐ切れると思っていた

そして、関係性がすぐに切れることを恐れて、アウトプットができずにいた。自分が思っていることがあるのにも関わらず、我慢して相手に合わせて、我慢の限界がきたり、自分が思い込んで、嫌になったら自然消滅させていく関係性をつくりだしていた。

さらにこうも考えていた。

希薄な関係性であれば、もしも相手に裏切られたり、嫌われたりして、関係性を切られたとしても、私は傷つかずに済むのではないかと思っていた。だから、仲良くならないようにしていた。

モヤモヤしている薄暗い世界の中に一人でいるようだった。誰にもわかってもらえるはずもない、わかってもらおうともせずに、人間なんてこんなもんだと、半ばあきらめ、自分自身を納得さてもいた。

そんな日々が楽しかったのか、答えは、NO。
まったく楽しくもなく、不安と恐怖だけが付きまとうだけ、孤独だった。

なんとか変えたい、変わりたい

と思っていたところにnTechという認識技術と出会うことができた。この出会いによって、私の人生は大きくかわった。

いままでの考え方のスタートは、環境に合わせてる意識の感覚から言語を使っていた。すべて存在と存在同士がぶつかり合う、有るところからの出発なので、分離している状態で、人間関係で言えば、相手と自分との関係性をみていた。

そこから新しい考え方、認識技術を取り入れたスタートでは、心と繋がった言葉から、感覚が生まれ、自らが環境を創り出している。というゼロ思考のところから、イチを産み出していき、人生は自分が創り出していく。存在を産み出しているのは自分だと変わる。そうなれば、人間関係も、相手が創り出す言葉のイメージと自分が創り出す言葉のイメージの違いには、理解が必要だとわかったうえでの交流がはじまっていく。

いままで私が苦しんできた、人間関係の限界と、問題がどこにあるのかを発見することができるようになっていった。

そうしたときに、すべては変わっていった。

日常の些細なできごとを、どれだけ自分自身がキャッチできるのかにより、それが蓄積され、関係性の希薄な状態から、関係性が切れるのではなく。関係性で成り立っていること、相手と出会っていく勇気を持つことで、関係性が変わるコトがよくわかった。

いままでは、怖くて、相手がどう思っているのか聞く習慣はなかった。だけど、みんな一分一秒同じ画面を見ていない状態の中で、相手がどう思うのかを聞かないという選択肢はないのだなとわかった。あとは立ち止まり振り返り、チャレンジして調整をかけていくことだけなんだと、理解したのです。

今日もチャレンジしました

チームで動いていくときに、相手の些細な行動が私の観点にはない。そして自分の些細な行動も相手の観点にはない。だから自分がみたと思っている事実をお互いに共有すること、そして事実と思い込みを切り分けることができれば、最高の関係性。背景の理解に繋がり、何も悪くないんだ。自分が過去の経験によって作り上げた認識だけがあったことがわかるようになります。人を責めるのではなく、言語によって作られた過去のイメージと出会い、癒し、選択肢をつくれるようになることが重要だと気が付いたのでした。

私のイメージが変わるミラクル

自己イメージがコミュニケーションを変える

私たちが生きていく中で必要な能力の一つに、コミュニケーション能力があげられると思います。このコミュニケーション能力をアップさせるために必要な2つの視点があります。

 

1つは、判断基準となる自分自身のものの観方

自分とは何なのか、つまり人間とは何か、そして生きるとは何かです。

このアイデンティの変化でいままでのイメージとはまったく違う人間関係の深化を起こすことが可能になります。

現代社会は、個人主義がどんどん加速し、バラバラであること=自分らしさとして、自分の好きなことを誰にも合わせずにやることが、個性を生かしたような感覚になっていますが、実はそれでは、本当のチームプレーや本音で話す交流ができません。

みんな違ってみんないい。というのは、みんな同じでみんないい。もなければ相対世界から考えた時には、バランスが崩れた状態となります。

この、相対世界のバラバラを繋ぐ、絶対世界のすべてが一つである。というところからスタートし、一人ひとりの多様性の花が開花している状態を理解したときに、自分もみんなも活かし合うことができると思うのです。

コミュニケーションに使っている道具の限界

2つ目は、そもそもコミュニケーションとは、どんなに頑張ってもズレるものであるということを知ることが重要です。80億人いれば、誰一人として、一度も1分1秒同じ画面を観たことも共有したこともない。この理解が、そのズレる原因を面白さに変え、実践して突破する楽しみとなります。その言語ゲームをクリアするためにも、共同体の存在が必要でもあります。
また、7万年前のホモサピエンスの進化によって言語で語るようになった私たち。その時から、コミュニケーションの質は変わっていないというのです。その言語の限界を知って、理解して、限界を補い底上げできる151言語を使う練習ができる場所が必要です。

wired.jp

まずは、自己のアイデンティの変化、そして日常使っている言語の限界を理解していくことから、本当のコミュニケーションがはじまります。

Dignity 2.0 国際カンファレンス

Dignity 2.0 国際カンファレンス

2021年10月からはじまり、2022年の今年は2回目を迎えます。今年のテーマは「心技術でつくるわたしたちの宇宙 心<シン>未来への出発」です。

ジーニマムプロジェクトも、2日目の10月9日AM11:00~12:30に出展します。

www.dignity2.org

ジーニマムプロジェクトの出展概要はこちら

現実の母親×理想の母親
心(シン)時代のDignityMother

すべてのママたち、ママから生まれたみんなに贈るメッセージ

少子高齢化が進む現代。
誰もがお母さんから生まれているにも関わらず、現代は”お母さんいじめ文明”と呼べる状態にあることはご存知ですか?
出産をすることで、働くことへのハードルが上がったり、社会から切り離されるように感じたり、様々な角度で、お母さんをいじめる構造の社会になっています。
そんな中「ママをやめたい」というテーマの本や映画が日本のみならず、世界中でヒットしています。世界のどこよりも少子高齢化のすすんでいる日本は、お母さんいじめ文化の最先端とも言えるのではないでしょうか。

私たちジーニマムプロジェクトは、頑張っているお母さんを癒やし、みんなが憧れる存在として”DignityMother”へと進化させます。
また性別も年齢も関係なく”DignityMother”として活躍できる人を増やしたいと考えています。
その秘訣はシン技術による新しい人間関係能力!

二部構成

第一部では”DignityMother”チェックやワークを準備してお待ちしています♪
第二部では真の女性性提唱者NohJesu氏にもご登壇いただきます!

◆こんな人にオススメ

  • 妊娠、出産、子育てについて悩んでいる
  • 関係性に対して不満を抱えている
  • 出産はしたいが経済的に不安を感じている
  • 自分がお母さん(お父さん)になれるか心配
  • 女性が安心できる社会をつくりたい
  • 少子高齢化について問題意識を持っている
  • 新しいモノコトヒト(アイデアなど)を生み出したい

ぜひ、少しでも気になる方は、遊びにきてください!
ジーニマムのさまざまなイベントに参加いただくとお得な割引チケットを2022年9月末までご用意しています。お待ちしております。

jeigrid.co.jp

主体=私は偽りだ

私とあなた

この世界は、人々がバラバラにあるのではない。

世界の問題はそこにある、つまり言語の問題であり、主語・述語だけで見ていることにある。そして今、この主体が数多くあると見る感覚は、個人主義実存主義を脳の勝手な思い込みで解析し、まるで夢をみている状態といえる。映画のマトリックスのようなイメージでもあり、ワンピースのREDでも表現されていたようなイメージ。

本物の主体は一つ

一つの主体から生まれる夢の中だと明確に理解すれば、自分自身の可能性は無限大になる。多様な思い込みの夢を創り出している。この世界の主体=私は偽りだと気づいている人は増えている。

社会や時代は変化する

変化するものは、偽物だ。偽物とは、虚構と言われたりホログラムと言われたりするもの。アバター感覚である自分を明確に知ることができれば、この社会の変化も楽しめる次元と出会える。社会の変化を見てみよう。

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会

wwwc.cao.go.jp

ここから先の未来は、今大人の私たちが創り上げ、そして未来をつくる子供たちがよりよく生きれる土台つくりをしていく必要がある。

無理ゲーを可能なゲームへ

その世界を変えることは可能なのか、可能だ。

分析哲学で言語の追求をしたウィトゲンシュタインは、ハエ取り器を用いて、哲学とは、このハエ取り器からの出口を見せることと言った。令和哲学者のノ・ジェスさんは、言語の限界の発見と新しい言語の発明までに成功している。この出口までを出れるように入れるように階段を明確につくることができるのが、ある世界とない世界を明確に繋ぐことができる、1-5-1のイメージ言語です。

全ての違いをイコールにさせる技術、nTechを使えば、アナログ思考からデジタル思考でゲームチェンジさせることができる。それはやる気にさせる技術でもある。

その技術を使えば無理ゲーと言われ、それは脱出不可能ゲームをクリアし、さらに自らの人生をデザインすることができる。

人間関係が築けないことによる少子高齢化の危機

人間関係が築けないとなぜ少子高齢化の危機となるのか

日本人の人口が減っている。その原因は何でしょうか?

 

その原因の一つに、人間関係の希薄な問題があるのではないでしょうか。2022年、テレワークが浸透し、さらにその問題は加速しているのかもしれません。

 

インタネットを介しての交流は、とても便利です。時間も空間も通勤している時よりも余裕が生まれます。会社までの通勤時間までも他のことができる時間が生まれます。

 

不慣れなときには、電話もしつつ、交流を図っていることもありましたが、今では1日交流せずとも、仕事を淡々とする日々に変わりつつあります。

 

それには、いくつかの要素があります。

デジタルな世界、ネット上の交流は、どうも機械的な条件反射になりがちで、一方的な指示を受け、それをこなしていくのみになりがち。つまりは、対面でのやり取り、ある意味5感覚を使った交流も減ります。仕事が終わった後に立ち寄っていた居酒屋へ行く機会も減りました。その反面、一人で行動することが増えていったように思えます。

 

孤独で生きる機会が激増。そうすると、さらに交流は減り出会いも減っていく。日本では、政府主催で、孤独・孤立対策担当大臣が生まれました。イギリスが先陣を切って政府で対策していたところから、日本にも導入をしたようです。

孤独・孤立対策|内閣官房ホームページ

これは、何を意味しているのか。人間関係の希薄さが加速しているということにあります。

 

人間は一人で生きていくことは不可能です。ではどうやっていけば、一人で生きていく孤独な問題をクリアできるのでしょうか。そして、その方向性を変えることが今大事な時代になっています。

 

少子高齢化社会を私たちは身近な人間関係の問題とつなげて考えていくことが必要になります。関係性をつくるうえで、つくれない根本問題を考えていく必要があります。

 

関係性の深化を邪魔する観点の固定の問題があります。固定ではなく循環がすべての健康を作り出します。その仕組みがわかると人間関係がおもしろくなるを合わせてご覧ください。

emisunflower74.hatenablog.com

私が死んでも伝えたいコト

もしも私が突然亡くなったとしたら

私は、今まで関わった人たちをどう思うのだろうか。そして私がどうしても伝えたいコトとは何かを真剣に考えてみた。きっかけは、ジーニマムソリューションの6番目のワーク通称「お葬式ワーク」をやってみた。「今を生きていること」を深めていくために、それがどれだけの奇跡であるかを同時に感じていきたい。時間は命、その命をどう使うのか。伝えるべきことを世界中の人に伝えたいこと。

そもそも

昔の私は、生きているのか死んでいるのか、まるでゾンビだった。
そこから、今の私は、生きてよかったと思えるようになった。

昔の私は、なぜ生きているのか、なぜ生きなくてはならないのかがわからず、この時代の生きづらさをただただ感じていた。ゾンビのように会社と家を往復する毎日。特に何かをしたいわけではなかったし、人と深く繋がることも、ちょっとしたことで人との関係性を簡単に切られるのが嫌だった。

幼少期は、愛され、可愛がられていた。そう私は、正真正銘のいい子であった。だから自分の気持ちを大切にするのではなく、自分の気持ちは殺して、相手が楽しそうにしている、変わらない安全な環境にほっとしていた。いつも優先すべきは、自分の思いや意見よりも、世間や親、家族、上司、友人知人にとって「いい子」であることだった。つまり自己肯定感の低い、自分にとっての悪い子であった。

どんな自分になって何をしたいのか

例えば、何をしたいからそれをやるのでは、やりたいことが無くなれば、おのずと無気力になる。どんな自分=人間になって、何をやるのか。この問いに答えられる人はどれだけいるのだろうか。

何をやっている人だから、すごいとかでなく。

人はすごい価値が大前提ある、そこから何をやりたいのか。

この価値基準から始まる生き方を伝えたい。

 

それは脳で作りあげることではなくて、心が創りあげていくことだと理解してもらうためには、心が創り上げる仕組みを「nTech」で明確に知ることができる。

そのプログラムを体系化し、さらに体得化させていく。

 

どの世界であなたは生きたいですか?

何が変わるのか。

生き方すべてがひっくり返る。

ひっくり返れば、すべての物事は輝きだす。

ある世界。

あるべき世界。

あったらいい世界。

ない世界。

どっちも楽しめる世界。

私が死んでも伝えたいコト

それは基準点が変わりものの観方が180度、360度、720度変わる世界を技術として道具にできる「nTech(認識技術)」の価値です。

 

語りえぬものについては沈黙しなければならない

オンライン配信番組『令和哲学カフェ』に出演しました。テーマは【8/15〜8/26】お母さんを哲学する | 令和哲学カフェ です。

そこに対して出演する哲学者はこちら

私は、ウィトゲンシュタインを担当しました。ウィトゲンシュタインのそもそもの主張は、おおざっくりにいうと、こんな感じです。

※8/18にプレゼンをしました。放送から約2週間視聴可能になっています。

令和哲学カフェ#534 - YouTube

語りえぬものについては沈黙しなければならない by ウィトゲンシュタイン

私の言語の限界は、私の世界の限界

ウィトゲンシュタインは、まず19世紀まで哲学の根本的問題であった「人間の本質とは何か」という問いを、「人間にとって言語とは何か」という問いとして考えました。

A=not A

言語は言語ではない、言語は言語ゲームである。哲学の問題は思惟が問題ではなく、思考を表現する言語の曖昧な使用方法に問題があるというのです。

前期・後期を通して、言葉で語れる世界(思考不可能なもの)と言語で語れない世界(思考可能なもの)、この2つの境界線を明らかにし、言葉の主語・述語の限界を明確にしました。

前期と後期の違い

ヴィトゲンシュタインの思想は、大きく前期と後期に分けられる。前期では『論理哲学論考』にある「語りえぬものについては沈黙しなければならない」では、いままでの形而上学と自然科学の限界を語り、後期哲学探究』では「言語ゲーム」によって、日常の中でも本当の深い世界も言語では語れないことを考えました。

後期で前期の論を自ら否定

前期の『論理哲学論考』では、事実とセットになった言語を科学的言語と表現しました。1対1の対称があるとして、機械的に「私がコーヒーを飲んでいる」その事実と文はかならず1対1であるとしたのです。それは科学的言語であるとしました。

そして哲学の世界から身を引きました。そして小学校の先生となり、子供たちを通して日常言語に触れていきました。

ウィトゲンシュタインの後期哲学では、日常言語の重要性に気が付きます。私たちが話す言語は、科学的言語ではなく日常言語。日常言語では、その時々に言葉一つ一つも、文脈も使っている人それぞれの人生によって表現が変わります。先に生まれたのは科学的言語でなく、日常言語です。狩猟採取から産業革命の歴史の流れを観ればわかりやすいですね。そこから科学的言語の体系は後です。

つまり、科学的言語で構成された文(主語・述語)を理解するためには、その手前にある日常言語を理解しなくてはいけないと考え日常言語の分析に力を入れていきます。

言語ゲーム

ここでZoom参加いただいた方、中心に「言語ゲーム」に少し体感してもらうため、簡単な質問に答えてもらいました。

当日の参加者は43名ほど。答えてもらったのは「リンゴ」。さまざまなコメントがもらえました。赤、青森、アップル、キティちゃん、椎名林檎、アダムとイブ、ニュートン、白雪姫、万有引力ビートルズウィリアム・テル奇跡のリンゴ、果物、甘い、酸っぱい、ビタミンC、栄養 etc. 
1つの単語にも、いろんなイメージと背景がります。

また、「大丈夫」という言葉も同じく、文にしてみても、その時々のさまざまな感情や状況などによって、使い方のイメージが変わるのもよくわかります。今ココ、言語は生まれている。日常言語でも語り切れない神秘神聖な領域もある。ということにも気が付いていたのではないでしょうか。

後期ウィトゲンシュタインの書籍がまとめられたのは、彼が亡くなってからです。本当に伝えたかったことを本当に伝えられていたのか。それはわかりません。ただ言語の限界によってこの世界の限界には気が付いていました。

この限界突破を、時代の流れとともに引き継ぎバトンを受け継いで、今、令和哲学で明確に整理されているものがあります。

令和哲学

21世紀令和哲学者ノ・ジェス氏は言います。新しい言語が必要。ウィトゲンシュタインは出発が間違っていた。脳も観点に固定されている、脳の結果物が瓶鳥の中。観点を作り出すのがデジタル。本当のオリジナルがこれ。それで狭い空間を通過して思う思わせるゲーム。錯覚のゲーム。人生はだます・騙されるゲーム。言語ゲーム。言語の捉え方、それがその人の人生を決定する。それがウィトゲンシュタイン。みなさんは自分の言語から自由ですか?しゃべる言語から、聞く言語から、言語の使い方の達人になるためには、言語の海に溺れてはだめですね。

私たちはそれに気づいて、どんな人間になって何をしていこうとするのでしょうか。一人ひとりがこの世界の共有をしっかりとお互いにできるようになっていくことが重要だと思います。

8月15日からの2週間、ライブ配信『令和哲学カフェ』にジーニマムプロジェクトメンバーで出演!2022年は、ママが開く年。

世の中の何かを産み出す仕組みには、全て癒し→包み込み→全く新しいものを創りリズムがあります。ママなら子宮、料理と同じ。令和哲学で哲学を解析します!

ジーニマムプロジェクト

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